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「まるで映画のワンシーンのような・・・」
軽い口上が頭の上を通り越していく。
ヒーローかヒロインか。
どんなワンシーンを思い浮かべればいいのだろうか。
美男美女がにっこり微笑んだり、無敵の超人になって暴れまわったり。
そんな場面はいくら想像力を総動員しても思い浮かばないけれど。
どうしようもなく悲しくて、でも自分の非力さはもっと悲しくて、
そんな情けない状況になった時にふと「こんな場面、映画で見たかも…」と思い浮かべることはあるが。
広島の両親を浜松駅まで迎えにいった。
台風が九州に上陸しようとしているが、どうやら追いつかれないうちに到着できたようだ。
改札には何故か若い女の子たちがざわざわと群れている。
何事かと思って観察してみれば今日は人気アイドルグループの「ア○シ」のライブのようだ。
友達を待つ女の子や「チケット譲って下さい」の札を掲げてる女の子。
本当に女の子、そう子供の顔ばかりだ。年齢は僕の半分、いや半分以下。
そんな中で慣れぬ背広姿の僕はどうにも不釣合いで恥ずかしいことこの上ない。
あんな顔で誰かに夢中にはもうなれないのかななんて思ったりして大人気ない。
今日は猫の姿は無い。
この部屋から閉め出されてしまった。
認められたのだろうか。やっと。
もうジロジロと僕を観察しなくてもいいのだろうか。
もうちょっとだけこっちを見ていてほしい。
まだまだお別れをするには早すぎるのに勝手に何処かに行っちゃった人たち。
もっと話したかったし、まだ全然話すこともできなかった。
そんな人たちが猫になって僕らを見ている。
きっとこっちの話していることや考えていることは全部分かってるのだろう。
だからあんな顔して「ニャー」とだけ鳴くのだろう。
タクシーの運転手は無難な話題だけを選びながら車を走らせる。
雨が降ったり止んだりで空は暗い。台風が近づいている。
「なんか道が混んでるんですよね。オジサンの知らないよな人気者がねー、ライブしてるんだってねー!」
会話が続いたり止まったり。
黙ったままでもまた会えるかな?
言い足りなかったことはないかな?
今度会った時に「ニャー」としか言えなかったらちょっと寂しいな。
雨が降ってきた。
帰りの新幹線に乗るために二人だけで浜松駅に戻ってくるとまた駅前がざわざわとしている。
コンサートが終わって次の場所に移動するアイドルを見送ろうと待っている女の子たち。
「楽しかった☆マタ来てね!!○○○ちゃんへ」
なんて手書きの札を持って喜々として待っている。Tシャツはまだ熱気が抜けてなくてビッショリと濡れたまま。
「しまったね。台風の最中に来ちゃったね。」
群れをやっと抜け出してホームへと出る。
眠さと疲労と未来への不安が夢の中でざわついてるうちに東京駅へと着いてしまった。
東京は雨。
父母は明日予定より一つ早い便で広島へ帰るとのこと。
台風にぶつからないうちに家に着くように。
一本の傘だけで走って家まで帰った。
婚約しました。