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jthirtyの日記

ちょっと待って


● 8月28日


「わたしって今まで映画って一人で見に行ったことないんですよー」
と若い女の子。

自分にとっての映画は一人で見に行くものだけどなあと思いながら8月28日の夜、シネマ尾道に一人で座っていた。
日曜の夜、21時5分の回、ソフィア・コッポラの「SOMEWHERE」、観客は他に誰もいず、本当に一人だった。

頭でっかちだったから、映画も分かった風な顔して一人でぶらりと行くのがかっこいいと思っていた。
単純に一緒に行く相手もいなかっただけか。
自分で考えるのでなくて、雑誌の映画評を読んで、知ったかぶりして、鼻息荒くして、映画館の暗闇で逃避していた。
デートで映画館みたいな初々しい思い出はない。
そういった軽い感じで映画を楽しめるようになったのは割と最近の話。
順序が逆である。
初めに作品ありき、みたいな顔してね、あーアレだったら見たくないナ、とかなんとか。
よう知らんくせに。

今だったら大丈夫よ。
女の子が「あたしコレ見たいわー」なんて言ったらなんでも付き合っちゃう。
ポップコーン買ってきちゃう。
缶コーヒーをすすりながらパンフレットを熟読なんてしないしない。

あー、面倒くさい奴だ。


妙に回顧する最近でいちいち女々しい。

けど書く。
日比谷シャンテシネ、シネマアルゴ新宿。
名画座だったら飯田橋ギンレイホール、池袋の文芸坐

かっこつけてたから分かったんだか分からないんだか記憶にも残らないものもたくさんあったけど、
きっかけはなんにしろ良い映画にもたくさん出会ったのだ。
出会ってないのは女の子だけだ。


岡村靖幸の新しいCDを聴きながらシネマ尾道まで車を走らせた。
セルフカバーアルバム。
その報を耳にした時はあまりいい気分がしなかった。

素直になれない。

Twitter上の概ね歓迎、アルバムの出来も良かろうといったコメントが目の前を流れていく。
その言葉の流れが全てではないはずなのに、妙に惑わされ、そして妙な反抗心が芽生えていく。
こういった一連のネットでの行為も今は主流かもしれないがいつかは過去のものとなるのだろう。
しかし、どう環境が変わろうとも、ひねくれてしまう我が心情はいつまでたっても変わらないものだ。

アレンジがかっこよくなった昔の曲よりも、かっこ悪い新曲を聴いてみたいよとまずは文句を言ってみる。
40代も半ばを過ぎた現在の岡村靖幸の言葉を聴きたい、41歳の僕としては。

日々、楽しいことを考えている。
そうしないと死んでしまいそうだ。
だけど、楽しいことをするのは苦しいことだ。
自分の首を絞めながら毎日を笑って過ごそうとしている。

幸福ってそういうもんだっけ?
中年ってこういうもんだっけ?


教えて岡村先輩。


尾道からの帰り道、深夜のドライブ、缶コーヒーと自分だけの車内。
「カルアミルク」に押し潰されて泣いた。